関の備忘録

私立文系大学生。日々の備忘録。

美しい苦悩の恐怖

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朝から世紀の大寝坊をしながらも

「あっブログ書かなきゃ」という呪縛。

行きの中の電車でコソコソしながら打っている。

 

 

もしかしたら車内でスマホをいじっている人はみんなブログを書いているのでは?という錯覚を得ている。

 

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美しい苦悩の恐怖

 

 

 

この記事を見た時私は不治の病に中学の同級生を思い出した。

 

 

 

家からほど近くのマンションが集合場所

いつものように呼び出された僕に言われた言葉

 

「俺、完治出来ない病にかかった。。。」

 

 

 

とても、衝撃的な言葉に見えるがこの言葉を聞いた時の僕の心持ちは

 

 

(かっこいい、、、!!)

 

 

 

 

不治の病なんて、誰もがなれる訳では無い。

唯一無二の特徴と言っても過言ではない。

 

 

 

人によっては怒られるかもしれないが

正直な感想として、私もそしてその友達も

感じていた。

 

 

 

 

幸いなことに不治の病といっても

生活に支障が出る程ではなかったが

救いだ。

 

 

 

 

 

きっと人とは違う何かを求めて生きている人達は多いのではないだろうか。

 

 

 

 

その兆候がSNSにも出ていると記事では警鐘を鳴らしている。

 

 

 

 

 

 

インスタやTwitterで痛いポエムを

見たことはあるだろうか??

 

 

 

 

 

私は、広告のように毎日見ていた時期がある。

 

 

 

 

 

今思えば、彼らは落ち込んでいる私、追い込まれている私を「イケてる」と思っていたのかもしれない。

 

 

 

 

現にあれだけ落ち込んだ彼女たちは

今でも元気にはしゃぎ倒している。

 

 

 

 

 

 

悲観の眼差しは蜜の味だ。

可哀想な自分を演じることで

悦に浸ることができる。

 

 

 

しかし、私たちが苦悩を

ポップカルチャーのように表現することで

本当に苦しんでいる人達が埋もれてしまい

始めているのも事実である。

 

 

 

 

すべての経験を公開しなくてはいけない、というわけではない。しかし、個人の体験に基づいた、真に迫った精神疾患の描写をするべきだ。

そのほうが、夕焼けフィルターを使って悲しげに仕上げた数百万枚の画像よりも、ずっと苦しむひとたちの連帯につながるはずだ。

 

 

 

 

私はこの言葉を胸に今日も

電車に揺られる。